焼け跡とみずたまり

牧場王やら色々

ようこそジャングル大帝マルチユニバース

 

歴史的経緯故にジャングル大帝には多数のバージョン・設定があり、媒体ごとに受ける印象は大きく異なります。それら全てを網羅したわけではないのですが、2021年現在流通しているものを中心に「どれが初心者にオススメか」「どう設定が違うか・共通しているか」とかを語ってみたいと思います。なお、以下の内容は基本的に私感によるものであり、事実関係と異なる場合があります。

 

 

1.はじめに

記事の趣旨的に成立年代順で論じていくのが筋ではあるのですが、現在文庫や電子書籍で流通しているのが1965年に発行されたサンデーコミックス版(手塚治虫漫画全集に収録されたのがこのバージョンであるため*1以下全集版とします)であり、オリジナルの漫画少年は入手難易度が高いこと*2、そして筆者が漫画少年版に触れたのがごく最近であることを踏まえて、「漫画少年版はどれほど修正されたのか」というのを感じてもらうべく後半に回しました。予めご了承ください。

 

2.全集版(1965年)

オススメ度   ☆☆☆☆☆

手に取りやすさ ☆☆☆☆☆

1977年に刊行開始された手塚治虫漫画全集のトップバッターとして登場した本作ですが、タイトルの知名度とは裏腹に全3巻とかなり短めで、展開も現代のマンガと比べてかなりスピーディです。

ストーリーは幼年期・青年期・完結編といった具合の3部作構成となっており、アニメやライオンズマスコットのイメージとは異なるものとなっています。父パンジャを人間に殺され母親も亡くし、人間に育てられることになった主人公レオが、人間社会の経験を活かして故郷ジャングルに改革をもたらす…というのが大まかな流れとなっています。レオの獣としての誇り、人間の英知、そしてそれら全てを包み込む自然の脅威が本作で描かれています。

本バージョン最大の魅力は、ドライな空気感だと思っています。未開な故郷に絶望していたレオが次第に人間に見切りをつけ、獣たちのための世界を作るべく奔走する様は、科学賛美とも自然回帰とも異なるどこか現実的な妥協*3を感じます。(色んな意味で)戦う術を持たなければ殺されていくという残酷さを、理不尽だと批判することなく最後まで貫く様がとてもドライで、誠実な作品なのではないでしょうか。

漫画少年版から15年もの開きがあり、描き直されたコマとそうでないコマのタッチとの間に違和感があること、ライヤ編開始時の時系列がやや複雑なことなどやや読みにくさはあるものの、多くの人に触れて欲しい作品です。文庫や各種電子書籍で読むことができます。

 

3.TVアニメ1期(1965年)・劇場版1作目(1966年)

オススメ度   ☆☆☆

手に取りやすさ ☆☆☆

劇場版1作目(以下66年版)はTVアニメ1期(以下1期)の総集編(1・4・41話などをまとめているみたいです)であるほか、2期(『~ 進め!レオ』。66年)は1期の続編で、原作における青年期~完結編にあたります。どちらも原作と異なるアニオリストーリーが展開されています。

恥ずかしながら1期・2期ともほとんど視聴できていないんですが、人語を獲得する流れ*4は原作と比べ重みが足りない感じがします。66年版では人間に関連するストーリーがはしょられているので、そちらから鑑賞する方がいいかも。そして、冨田勲による有名なOP曲をはじめ、劇中歌などの楽曲は必聴です。最古級の国産カラーアニメですから、時代性を踏まえて観るのがちょうどいいのかもしれません。

2期は原作読後の視聴がいいかも。オチを確認したくて最終2話だけ観た筆者を信じてはいけない

 

4.幼年版(1965年)

オススメ度   ☆☆

手に取りやすさ ☆☆☆☆☆

幼年版とここでは表記しましたが、『ジャングル大帝(小学二年生版)』『レオちゃん』『~(小学一年生版)』『~ 進め!レオ』の4種の異なる作品で、このうち小学二年生版以外の3作は連続したものとされています。しかし、どれも一話完結ものなので細かいことは無視しても構いません。

小学二年生版はアデンに漂着するまでの展開を全集版と共有している一方で、レオが人間の服を着ないなど1期に寄せた設定となっているのが特徴です。子供向けな内容ではあるものの、こちらも”戦うこと”に主眼を置いたドラマが描かれていて思いの外魅力的です。小学一年生連載組は…まぁ期待するほどではないです。特に『進め!レオ』は全3話と短く、全集版とのリンクも感じない内容です。2期のサブストーリーみたいな感じだと思っていただければ。

いずれも、文庫全集だと全集版といっしょに収録されているので、箸休めとして読んでみるのをオススメします。

 

5.TVアニメ3期(1989年)

オススメ度   ☆☆☆☆

手に取りやすさ ☆☆☆

手塚治虫没後の放送で、彼が最後に手掛けたアニメの一つです。例のごとく最序盤以外アニオリ展開です。筆者が初めて触れたジャングル大帝でもあります。

本作最大の特徴は、基本的にレオが人間に対して友好的でない所にあります。そもそも『人間とコミュニケーションが取れるスーパーヒーローではないレオ』という所が製作のきっかけなようで*5、人語を話すことも人間社会システムの導入もありません。また、レオのリーダーシップも不完全であり、失敗を繰り返して王として相応しく成長していくのがストーリーの主軸となっています。駆け足気味な原作に比べてしっかり時間をかけて成長を描いている代わりに、そこに至るまでに度々努力が空回りするさまが強調されちょっと辛いです。戦いに対するスタンスも結構揺らぎがあり、結論が行ったり来たりしがちです。肉食についても、原作や1期と異なり代案を示すことなく禁じていて、全体的にレオの独善的な部分が目立ちます。

多様な人間像を描くのも本作ならではで、密猟者のみならず様々な理由でジャングルや動物を狙う人、サファリという形での保護を考える人、観光資源という形で自分達の生活を白人から守ろうとする原住民*6など、平成に入りかなり現代的になっています。しかし、どんなスタンスであれレオ達は人間に対し否定的であるため、原作本来の魅力は薄れている印象です。言語がなくても壁を越えられる!というテーマなんだと思いますが、その描き方や結論に難あり…という感じです。

賛否両論ある作品だと思いますが、サブキャラの描き方が豊かであるところや屈指のレオのキャラデザの良さなど見逃せない点も多いので、是非ご鑑賞を。

 

6.劇場版2作目(1997年)

オススメ度   ☆☆☆

手に取りやすさ ☆☆☆☆

(ネタバレになるため詳細は説明しませんが)2期の最終2話は原作をなぞりつつも大きく改変されたストーリーであったため、「今度こそ原作通りのエンディングにしよう」という所から製作された97年版。何気に原作ベースで作られたのは本作が初。しかしながら、尺の都合か本作も独自設定・展開が目立ちます。

単独作である関係で原作の幼年期の描写は一切なく、レオはヒゲオヤジと面識がなく人語も話せないなど「そうせざるを得ないけどそこ変えたら原作の趣旨と違くない?」という所が多く、終始モヤモヤしてました。また、個人的にはルネが出会うサーカス*7にもやや不満があります。

しかし、原作よりもレオとルネのふれあいが多く、人間に対するスタンスの違いも親子の家族愛も短いながらしっかりと描かれています。また、ルネが人間世界を夢見るきっかけは原作よりもロマンチックで可愛らしく、必見です。もしかしたら原作の前に鑑賞するといいかもしれません。ちなみに、基本的にどの媒体でもルッキオ(本作ではルキオ)は空気です

前述の作品含め、アマプラ(一部レンタル料必要)U-NEXTで視聴が可能です。

 

7.TVスペシャル『- 勇気が未来をかえる -』(2009年)

オススメ度   2022年6月現在未視聴。すみません

手に取りやすさ ☆☆

 

アマプラ等オンデマンド配信がされておらず、中古DVDもしくはDVDレンタルが必要で、かつて京都で放映されていた短編映画*8以上に視聴しにくい状況なので、そういった点でもオススメしにくい作品です。

筆者は本放送時に録画したはずなんですが…全く覚えていないので後日追記します。申し訳ございません。

 

8.漫画少年版(1950年)

オススメ度   ☆☆☆☆☆

手に取りやすさ ☆☆

2000年代に入ってようやく復刻された連載時オリジナル版ですが*9、全集版のあとがきで指摘されているようにコマが小さい上にセリフが多く濃い目の内容になっています。が、それ以上に特徴的なのは中盤のエピソードの順番が全集版と大きく異なるという点です。また、キャラ設定の変更なども多数見受けられたので、一部を箇条書きでご紹介します。

  • 漫画少年版ではレオの物語と並行して月光石の話も描かれるが、全集版では中盤(アダム登場時を除いて)話題に上がらない
  • 全集版では大ゴマやセリフのないコマを活用したシーンが増加している
  • その他、やや差別的だった表現の改善*10

これらの修正が行われた背景ですが、(全集版のベースになったとされる光文社版を読んでいないので完全に憶測ですが)1期放送にあたってレオのキャラを整理するためだったのではないか?と考えています。勿論、連載時の原稿の大半を紛失しリメイクせざるを得なかったという事情はあるのですが、例えばレオが「バクダンウリなんてすてっちまえ」と言い放つシーンは全集版ではココの台詞になっていますし、レオのイメージにそぐわない描写やとっちらかり気味な設定を排し読みやすく改良したように感じられます。

しかし、修正の結果魅力的なシーン(ネタバレ回避のため反転しますが、レオがドンガ族に捕らわれた後ケン一と再会したり、ケン一からの手紙を読み涙したりと、ケン一への友情が漫画少年版ではより多く描かれています)が削除されていたことがわかり、50年前に発行された漫画に「なんでここカットしてたんだよ!!!!」とムキになってしまいました。トータルで見ると全集版では誇りある獣として、父として、王として達観したレオが描かれているのに対し、漫画少年版は理性的ではあるもののどこか人間らしい弱さを感じさせます。青騎士編のアトムに通ずるものがあるかも?

まとめると、

  • ドラマチックな演出や読みやすさに長けていて、レオのキャラ像も安定している全集版
  • 読みにくさや(全集版以上の)古い倫理観がネックではあるものの、月光石を追い求める人々とレオの数奇な運命を綺麗にまとめている漫画少年

という感じです。全集版が面白かったと感じた人も物足りないと感じた人も是非目を通してください。お値段もそこそこで新品在庫も僅かのようですが、買って損はないはず。

 

9.おわりに

「勇気が~」を観る機会がなく公開まで時間がかかってしまいましたが、これを機にジャングル大帝に触れる人が増えてくれたら幸いです。特に原作漫画はどちらのバージョンも人間ドラマとしても本当にお勧めしたいと思ってきたので、より多くの方がプラス教授マイナス博士のデカ感情にやられてほしいなあと願っております。

それでは。

 

*1:出典:虫ん坊 2016年3月号(168):TezukaOsamu.net(JP)

*2:筆者が入手していないため、光文社版等については省略します。申し訳ありません

*3:ジャングル内での殺生を否定し畑作へ転換しつつも死肉ならOKという形で肉食を肯定するなど、段階的な規制に落とし込んでいます

*4:1期3話でジャングルに不時着したケン一と交流していくうちに心を通わせるのですが、直後の5話でジャングル帰還前に既に出会っていたことが明かされます。ケン一に関する設定はよくわからない…

*5:出典:

ジャングル大帝(1989)|アニメ|手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIAL

*6:大人の都合なのでしょうが、3期や97年版では原作のように「黒人」を悪役にしないように作られているようです

*7:余談ですが、色々あったライオンキングへの当てつけなのか、結構ディズニーを意識したような箇所がいくつかあります。てか、サーカスの流れはかなりダンボっぽいような…

*8:こちらはU-NEXTやアマプラ等で視聴可能です。キャラデザが可愛い

*9:ファンクラブ内での復刻はあったみたいです

*10:黒人描写もそうですが、食堂のシーンでの「そんなんだから君(ココ)は食堂の店主ぐらいにしか出世しないんだ」というセリフが全集版では若干修正されており、当時の職業差別観がなんとなく伺えます